エクセルが苦手です。いえ、外では口が裂けたってそんなことは言いません。去年、自営業者として最悪の年を過ごし、やむを得ず秋に職探しをしました。求人票には技能欄に「エクセル・ワード」とあります。だから私はそれらのオフィス系ソフトには堪能であるということになっています。けれど、苦手です。
もちろん、求人票で求められている技能は高度なものではありません。そういう意味では私は十分にエクセル・ワードに熟達していると主張できるはずです。けれど、どうもあのMicrosoftのビジネス向けソフトは好きになれず、好きではないから苦手意識が生まれます。これはそのクローンであるOpenOfficeやLibreOfficeに対しても同じで、この十年間、どれほどこれらのソフトに対して呪いの言葉を吐いてきたか知れないほどです。
そうはいっても、食わねばなりません。ワード・エクセルをはじめ一般的なあらゆるソフトを使いこなせるという誇大宣伝でどうにか潜り込んだウェブショップで、「君はデータのことがわかるか?」と尋ねられました。額面通りに受け取ればこんな曖昧な質問に答えることはできないのですが、前後の文脈からこの質問はつまり、販売管理のためのデータの整理をするシステムを構築できるのかという意味だとわかりました。やってやれないことはないでしょう。ということで、社内向けの販売管理システムの開発という、これまでまったく経験のない分野にいきなり足を踏み込むことになりました。この1月のことです。わずかな手がかりとしては、はるか昔にファイルメーカーで自社用の経理システムを組んだ経験と、自社Webサイト構築で使ったCMSの手法が応用できるだろうという山勘だけでした。
そんな山勘を頼りにMySQLとphpのプログラミングのできる業者を探し、見積をとり、準備を進めていきました。その一方で、そのシステムが完成するまでの数ヶ月の業務を改善するために、ローカルのオフィス系ソフト、具体的にはエクセルやアクセスで販売データの整理をする方法を模索し始めました。これは同時に、外注する新システムの仕様を確定するための手段でもあります。原始的な方法でソリューションの雛形をつくることで、最終的にあるべき姿、必要なデータ、欠けているデータ、処理のために必要とされるステップ、インプット・アウトプットのUIなどが明らかになっていくわけです。
ということで苦手意識をもっていたエクセルを使うことになりました。ウェブショップからCSVで提供されるデータを処理するシステムを組み上げようというわけです。関数やらマクロやらを積極的に使わねばなりません。できれば避けたい課題です。けれど、なぜだか私は「やろう」と思いました。仕事の必要からやむを得ず「やらねばならない」というのではありません。きちんとした新システムはSQL-phpでプログラミングに熟達した業者がやってくれるでしょう。私のつくるエクセルシートは、せいぜいそれが完成するまでの数ヶ月のつなぎでしかありません。もちろんもうひとつの重要な役割、新システムの仕様を練り上げるための叩き台としての必要性はあるわけですが、これはなにも実際に稼働するシステムである必要はなく、単なるモックアップでもかまわないわけです。やったほうがいいことではあっても、必須のステップではありません。それでも私は、「やりたい」でもなく「やらねばならない」でもなく、シンプルに「やろう」と思いました。
このあたりで気づいたんですね。どうやら今年の目標は「苦手意識の克服」らしいと。一年の最初の四半期が過ぎようとしている今頃になって「今年の目標」なんていうのもおかしいかもしれません。けれど、苦手だと思い込んでいるものを変えていくことがいま必要かもしれないとそのときに感じ、そしてその感覚はいまだに続いています。だから今年はそういう年だと、そんなふうにいってもいいのかもしれません。
一般的にいって、苦手意識には、根拠がないわけではないのですね。成長のためには、短所を改善するよりは長所を伸ばすほうが効果的です。計算が苦手な子どもに無理に算数をねじ込んで勉強嫌いにするよりは、好きな国語にフォーカスしてどんどん本でも読ませれば、その子は好きな分野からどんどん伸びていくわけです。自分でつくり上げる苦手意識は、たぶんほとんど根拠のない虚像ではあるのでしょうけれど、得意分野にフォーカスするのを助けてくれます。そうやってひとつの分野でどんどん伸びていけるんですね。だから苦手意識そのものは、決してわるいものでもないのだろうと思います。得意分野を保護してくれる防壁のようなものかもしれません。
ただ、そんな得意分野が行き詰まってくることが人生には往々にあります。いえ、成功街道一直線の人生ではそういうことはないのかもしれません。私のような紆余曲折の人生だと、しょっちゅう行き詰まります。苦手意識で限定した自分の狭い領域に、もうそれ以上の可能性がなくなってくるのですね。そうなると、苦手意識は重荷になってしまいます。苦手意識を克服しなければならないのは、こんなときです。
過去にも何度かそんな時期がありました。英語がわからないという苦手意識は学校の成績表にはっきりと裏打ちされたものでしたが、それを克服することで翻訳の仕事ができるようになりました。コンピュータなんてわからないという苦手意識を変えてくれた友人にはいまだに感謝しています。おかげでその後にやってきたDTPの時代に面白い経験ができました。人前で話すことは苦手だったのですが、それを克服しなければどうにもならなくなって、仕事の幅が広がりました。仕事だけでなく、そこからささやかな楽しみも生まれています。
苦手意識を克服するのにはエネルギーが必要です。それなりのリソースを割かねばなりませんから、なんでもかんでも苦手なものを克服すればいいというものでもないように思います。けれど、自分の世界が狭く感じるようになったとき、いまやっていることがなんとなくうまく回らなくなったようなとき、世界が精彩を欠いて見えるようなときには、思い切って苦手なものに挑戦してみるべきかもしれません。そして、仕事が突然失速してしまったこの時期が、私にとって何度目かのそんな機会なのかもしれません。
苦手意識というのは、あくまで意識に過ぎません。本当にやってできないことというのは、そうそう多くはないものだと思います。1ヶ月ほど頑張って、エクセルで、そしてOpenOfficeのCalcで業務に必要とされていたツールをいくつかつくることができました。体系立てて正しく勉強したわけではないので相当にあやしい手法でしたが、関数やマクロを縦横に使うことができました。苦手領域をひとつ克服できたなあと、そんなふうに思います。
ちょっと残念なのは、その職場で私が取り組んでいた販売管理システムの開発プロジェクトが経営上の都合で突然中止になったことです。だから、私はさらに一歩進めてSQLやphpを実地で学ぶ経験はできなくなりました。それだけでなく、プロジェクトの中止で私自身が余剰人員となってしまったため、別な職場を探さねばならないはめになってしまいました。
経営方針の変更はいろんな要因であり得ることですし、仕事のなくなった職場にしがみついて不本意な仕事を与えられるのを待つのも面白くありません。ということで再び職探し状態に戻ってしまいました。とはいえ、その職場で過ごした数ヶ月は、新たな知識の獲得や苦手意識の克服という上で貴重なものでした。そして、せっかく得た知識・経験ですから、これを自分の事務所の事務効率化に応用しようと思いました。ちなみに、私の事務所である翻訳エージェントの方は私は実務の担当を外れましたが、外部翻訳者の力で継続して細々と続いています。その事務作業を支援するツールを組んでみようと思ったわけです。
というわけで、まずは見積・納品・請求の3点の書類を作成するツールをOpenOffice(LibreOffice)のマクロで組みました。詳細は、別ブログに記載してあります。興味のある方はご覧ください。下記リンクです。
今回は「エクセルに対する苦手意識の克服」ということでしたけれど、たぶん、これだけで私のまわりの状況が変わるとは思えません。むしろ、これはごく瑣末な出来事なのでしょう。もっともっといろんなことを変えなければ、たぶん次のステップには進めません。そういう意味で、いまさらながらに、「今年の目標は苦手意識の克服」と掲げておきたいと思います。
とりあえず、次に挑戦しているのはレシピを見ながら料理をつくること。台所に立つことには人並み以上に慣れていると自信のある私ですが、行きあたりばったりで料理をしてきたので、レシピ通りに料理をつくることが苦手です。けれど、やってやれないことはないのかもしれないと、まずは意識改革を…


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